海の中でも君を思う・8










「ウィンリィ、今日コミュペでしょ?」
「あれ?そうだっけ?」

医学部の広い食堂に、明るい日差しが差し込む。
さんさんと降る窓からの光に、学生たちが和んでいた。

その中で話している二人の女生徒。

「ドミニクさんや、ワイズさんが首を長くして待ってるよ?」

そう溌剌と言うのは、褐色の肌に黒い髪を持つパニーニャだった。
パニーニャとウィンリィは同じ医学生で、一緒に学んでいた。

二人は昼食をともにし、午後の予定を確認し合っていた。
そこで気がついたようにパニーニャが言ったのは、ウィンリィの予定だった。
大学の授業の一環として、コミュニケーション力の向上という事で、医学生が患者と話す機会と言うものがあり、
コミュニケイト・ウィズ・ペイシェント通称コミュペと呼ばれていた。

ウィンリィはこのなかで多くの患者と接しており、持ち前の明るさと笑顔で好評を博している。
プロの看護師や医者でも手を焼くような難しい人ともよく話す彼女は、コミュニケーション能力の高さを周囲から買われていた。


「…すっかり忘れてた…」

「授業忘れるなんて珍しいねぇ、なんかあったの?」
「?」
パニーニャは苦笑した。
「一つの事に頭がいっぱいで、他のことに手が回らなくなってるんじゃないの?ってこと」
「…そう?」
「分かんないけど。ウィンリィ、いつもと違うなーと思ったから」
「……心配してくれてありがと」

ウィンリィは薄く笑うしかできなかった。

彼女はここ最近の出来事に混乱していた。
そして、パニーニャに言われたとおり頭がいっぱいになっていた。

けれども、それは誰にも言えなかったし、言うつもりもなかった。



人と別れた途端に出会った人に、運命なんかを感じてしまったこと。
それに身を投じていること。
その気持ちにうまく乗れていないこと。

自分の中で整理できないで、何とも言えない感情にのまれること。



それが人へ、ダイレクトに通じてしまったわけでなくても、それを気にしている自分を友人に心配させたことがショックだった。
心配してくれるパニーニャに感謝しつつも、隠しきれていない自分を恨めしく思った。

「私は大丈夫!」
ウィンリィはわざとらしく言ってしまったことにさらに後悔した。
しかし、そう言われてさらに詮索することはないと言うパニーニャの優しさも確信していたので、その場を流すことにする。


「じゃあ、午後も頑張りますか!」
どちらともなく、席を立ってそれぞれが動き始めた。
その時彼女が最後に見たパニーニャは、なんだか苦笑を継続していた。




















「ドミニクさ―ん、お久しぶりです…」

軽快なノックとともにウィンリィは部屋に入る。
その部屋は以前仲良くなった「頑固おじさん」と子供たちから呼ばれるドミニクがいた。

「ああ、お前か」
少し怒ったように言うのはいつものことで、表情は裏腹に柔らかいものである。
「お体の調子はどうですか?」
言いながらウィンリィはドミニクのベッドの方へ歩んでいった。
「すこぶるいいぞ?あの藪医者がまだと言うからここにいるんだがな」
「また、そんなこと言って!」
お互い笑う。

「今日は何かありました?」
そう聞かれて、ドミニクは思案した後右のベッドを指さした。
「またここに患者が入ったぞ?また煩くてかなわんな。」

指に促されてウィンリィは振り返る。
カーテンは微妙に広く開いている。
「そうなんですか………」



彼女は固まった。



「なんでも、猟師の誤射に肩を掠めたらしく…って嬢ちゃん大丈夫か?」





「…あんた何やってんの?」


ウィンリィはドミニクの質問を耳に通すことなく、寝ている彼に話しかけてしまった。
聞かれても答える気配は一切ない。

「また何かやらかしたのね?…エド」
ため息を深くついた。





偶然に偶然を重ねて出会うエドワードは、いつも彼女に驚きと呆れと心配と、そしてほのかな期待を持ってくるのだった。