海の中でも君を思う・9








自分に差し込む光がまぶしくて、朦朧と漂っていた意識が手繰り寄せられる。
エドワードは怠惰ながらに目を開ける。そこは白く、そして外の夕日が橙に揺らめく空間。
見たことがあるようで、全くないようで。

「……,ここは…どこだ?」
「病院よ」
返答はすぐに返ってきた。
「…病院か…………って病院?!」
叫ぶと同時に勢いよく起き上がる。
「だから、そうだって言ってるじゃない!」
「なんでオレが病院なん…」
返答を返す人物へ顔を向けた途端、彼に更なる衝撃が走った。

偶然が重なる、その人。

「ウ…ウィンリィ?!ちょ、え、なんでお前が?オレの横にいるんだ?」
すべての事項に混乱するばかりでうろたえる。
キラキラと明るい蜂蜜色の彼女の髪が部屋のオレンジと相反している。
「は?え?うー…えー…なんだ?どうなってる?えっと…」
エドワードは手をふらふら、頭をこれでもかと言うほどひねる。ウィンリィは見かねて諫めた。
「ちょっとは落ち着きなさい」
「…あ?」
「まず、なんでここにあんたがいるかって言うと、それ。」
指を差された先は肩口。白い包帯が惜しみなく巻かれていた。
「っつ…」
思い出したように彼に痛みが走る。
「無理に動かないの!もう、また!何やったのよ?」
そう言えば、アルとリュオンとブラッドレイの家に行っていたはずだ。その時…?
アルの機嫌が悪くて。オレが…撃たれた?
ああ、撃たれたんだ。

「アル…あ、オレの弟知らねーか?」
ウィンリィの顔が急に強張る。
「…アル?…………アルフォンス?」
彼女はそう、怪訝な顔で言葉を紡いだ。
「ああ、そうだけど…なんでお前が知ってんだ?」
「…え?あ、いやっなんでもない!!え?えっと、病室に運び込まれてからは、たぶん誰も来てないわよ?」
慌てて話を戻された。
「?…そうか」
彼は腑に落ちないながらも、そう言うことしかできない。


「で、なんでここに来たの?」
ウィンリィはもう一度訊く。
なんとなく確かな答えが返ってこないのは承知してたけれども。

「オレが油断してたから、だろうな」
抽象的で意味が分からない返事が返ってきたが、彼が隠そうとする傷は、知られたくないことなんだと空気で分かる。
前もそうだった。
きっと前の腹の痣も、今回の肩の傷も、日の当たる所ではない彼の闇を示しているのだろう、そうウィンリィは解釈するに至る。
服もいつも、何とはなしに「夜」を帯びている、それを感じていて。
ただ、そんな彼がなぜ学校の付属病院という大きな病院に運ばれたのかは更に謎だった。

彼女が考え込んでしまっていることに、エドワードは気まずさを感じる。

「で、なんでお前がここにいるんだ?」
そうやって、話題を変えることしか思いつかない。
いや、実際に疑問ではあった。そう、なぜ彼女が今自分の横にいるのか。
「自分のことは言わないのに、聞きたがりね?」
話を逸らしたはずなのに、なんだか戻されてしまった。
「…」
エドワードは言葉に詰まった。
うつむくと、日がだんだん弱くなっていくのを感じる。

「…はぁ、まあいいや。ここの病院が大学の付属病院で、私が今日実習でこの部屋に入ったから。単なる偶然」
彼はなんだか引っかかりを感じる。顔をもう一度上げると、同時に自分の濃い金の髪が落ちる夕日と混ざっていく。

「偶然…か」

「うん…でも、なんかちょっとね、嬉しい」
「嬉しい?」
どういう意味なのか理解できない。
「だって、また逢えたんだもん、それがね、嬉しいなって」
にっこりと首を傾げながらいう彼女をみて、思わず胸にゴトンと言う音が落ちた。
胸を押さえたくなるほどに、痛む。
そう。ときめきとも、衝動ともとれない、あの胸の痛み。
感じてはいけないはずなのだけれど、感じたくはないはずなのだけれど。
「・・・・・・・・・・」
「なんで黙るのよ?」
「え?いや、その…」
彼女がどうして自分の気持ちをうまく表現できるのか、エドワードには分からない。
「何よ?嫌だったの?私と会うの」
「んな訳ねーだろ?!!!」
いいながら無理矢理ウィンリィの腕をつかみ、自分の方へ倒れさせ、彼女に唇を寄せる。
「へ?!…」
言いかけた言葉ごと飲み込んでみる。驚いた彼女は眼を全開に開けていた。
この際、痛みが走るのはどうでもよかった。

「っん、……ちょ、ちょっと何?!」
離れた途端に彼女は距離5cmのところで叫んだ。
「っるせー!しょーがねーだろ?」
彼も負けじと叫び返す。
愛を語り合うような近さなのに、音量がバカでかい。
ただ、幸いだったのは彼の隣の患者は別の部屋へ談笑に行っていたことだった。
「何がしょうがっ…きゃっ」
引き寄せられていた微妙な体制に耐えられないウィンリィが、エドワードへと倒れ込んだ。
彼は思わず受け止める。
「って!!!」
肩の痛みは隠せない。
ウィンリィがかぶさるような、はたまたエドワードが抱えるような状態になる。
「ご、ごめっ…」
彼の歪んだ顔に、彼女は思わず身を引こうと…と思ったら、放さなかったのはエドワード。
「ちょ、あんた、痛いでしょ?放して!」
「やだね」
そのまま彼女をもう一度引き寄せる。

二人の暗い影が重なる。






日はもうすっかり暮れていた。