海の中でも君を思う・11








窓の外には無駄な晴天が広がっていた。
「エドワード様のこと、看に行かなくて構わないのですか?」
この間のブラッドレイ邸での事件からほとんど寝ていないリュオン。
お気に入りのたばこも無意識に吸っているようだ。
例のビルのオフィスで、てんてこ舞いに働いていた。
ただでさえあの日から、ブラッドレイ側との喧騒が絶え間なくおこっているのに、それを止める重要人物が一人足りない。
その上、市場の変動を操るブラッドレイに歯止めをかけることも行っていかなければならなかった。
とにかく、息をつく間もなく働いていたのだった。
その合間に一緒にいるアルフォンスに尋ねたのだ。

「うん、いいんだ」
彼もまた眼の下に薄いクマができている。
お互いに振りかえることなく、仕事をしながら会話をつづけていく。
「…珍しいですね、」
リュオンは不思議そうな顔をする。
「エドワード様が拗ねますよ?」
アルフォンスは少し面食らったようになり、意味を考える間をとる。

「ははっ、今までならそうかも」
そうやってアルフォンスが自信を持つほど、今までエドワードは弟ばっかりに気が行っていた。
彼は何があっても兄として家族としてアルフォンスを守ろうとしていた。
はっきり言って、それにしか考えが至らない男だった。

アルフォンスはリュオンの方を向きウィンクする。
「でも今は大丈夫」
「…ああ、例の……」
リュオンは合点がいったようだった。
「そ、例の。」
そう言って目線を作業に戻す。

「兄さんは、はじめて求めたんだ」

「それが嬉しいんだ」
久しぶりにアルフォンスの柔らかな笑みが落ちる。
リュオンはつられて笑みをこぼした。

しかし、眉を少し下げ心配そうに聞く。
「ですが、」
遠慮がちに言葉をつづける。
「…アルフォンス様は、それでよいのですか?」
「え」
アルフォンスは作業の手を止めた。
そして、リュオンの方を見る。
リュオンもアルフォンスの方を見ていた。
「言わなくて…良いんですか?」
アルフォンスはそう言われて少し困ったような、愁いを帯びた顔をする。
「…良いんだ、言ったって兄さんはまた悩むだけでしょう?」
アルフォンスは続ける。
「僕は今、それなりに幸せだから、いいんだ」

リュオンは「そう言うのなら」と言って、それ以上の追及はしなかった。



二人は寸暇を惜しむ作業をしなければならなかった。









































「ちゃんと寝てる?」

そう言って病室に走ってきたのは相も変わらず長い蜂蜜色の髪を爽やかにたなびかせているウィンリィだった。
いつ見ても蒼い眼はきらきらとしている。
「ああ、ちゃんといるよ…」
エドワードは音を聞いた途端入口の方に顔を向け、薄い笑顔を浮かべた。
ウィンリィはそれに満足したようだった。
「それはよかったわ…」
また完治しないままどっか行っちゃったら一生治らないもの、とぶつぶつ続ける。

「…オレ、明日出てくから」
「は?」
「だから、もう治ったから退院」
「早す…」
「ちゃんと退院の日、明日になってるだろ?」
ウィンリィの言葉をさえぎって、ベッドの上に書いている予定に指をさす。
目をやると確かに「明日」の日付になっていた。
でも、
「早すぎじゃない?まだ1週間経ってないわよ」
エドワードは渋面を作り、頭を掻く。
「まあ、お前の予想どうりオレはまともなことしてねーからな、病院にいること知られるとまずいんだ」
だから、大体の治療ができたら即退院しなきゃなんねーんだよ…と気まずそうに言う。
じゃあ、なんでこんな大病院に来ているのか、それは答えは返ってこないような気がしてウィンリィは聞けない。
「そう…」
そう言って顔を伏せる。

彼女は明らかに落ち込んだ声を出してしまった自分が嫌だった。
もう会えないのかもしれない、そう思うと何とも言えない胸のつまる思いがする。
でもそれは、自分の我儘でしかなかった。

だから、もう余計なことを言わないことに決める。

エドワードは自分の要求どおり、ちゃんと入院を決められた時までしてくれたのだから。



「もう、本当気をつけなさいよ?!自分の体大事にしてね」
ウィンリィは社交辞令のような本心のような言葉を投げ捨てて、後ろを向く。
「じゃあ、ね」
なんだかもう「偶然」はないような気がして、もう会うことはないのかもしれなくて。
目じりが熱くなる。
すぐ後ろを向いて良かった、と思った。
そしてそのまま出口に直行しようと歩きはじめる…と思うと、
グイっと
腕を引っ張られる。

この間よりもずっと力強く。

ウィンリィはそのまま弧を描いて倒れていく。
「ちょ…」


「今度、また会いに行ってもいいか?」

引き寄せられた耳元でぼそっと一言。
そのままベッドに、ぼふんっと倒れ込む。
エドワードはその彼女を覗き込むような形になる。
ウィンリィが目を点にしているうちに、彼はそのまま顔をかがめる。
そのままお互いの目線が重なって、唇も重なる。

おもむろに、エドワードが放してもう一度言う。

「また、会いに行く」
ニカッと笑って、続ける。

「オレは、お前に会いたいんだ」





「……来てね」
顔を真っ赤にしたウィンリィは、そう言いながらささっと立ちあがって、逃げるように部屋を立ち去った。


と同時に下を向いたエドワードの顔も真っ赤だった。
ウィンリィの最後の赤い顔はあまりにも可愛かったのだ。
そしてその瞬間知った。
病院生活を素直に送っていたのは彼女に会えるからだったこと。
自分がこんなに必死に彼女を繋ぎとめようとしていること。