海の中でも君を思う・12







晴天の日。白い建物の周りには木々がさらさらと揺れている。
そこに黒い車が一台。

「迎えには来てあげたよ、兄さん」
病院の入り口前でアルフォンスは車から笑顔で兄を迎えた。
「お前!!ずっと放置かよ?!!」
泣きすがって来そうなエドワードにアルフォンスは制止をかける。
「ごめんね、兄さん」
仕事大変だったから…と言えばエドワードは押し黙る。
「スマン…」
「ま、良いけどね。今日からガンガン働いてもらうから!」
アルフォンスがハイ乗って!というと同時にエドワードは引きずられながら車に乗る。
「ちょ、アル!!落ち着け!はえーよ!」
「まあ、僕はこの病院にはいたくないからねー」
「はぁ?なんかあったのか?」
「まーね、そんな事どーでもいいんだ、じゃ、仕事言っとくね」
アルフォンスの言葉に、運転していたリュオンが遠い眼をしたのは誰も気がつかなかった。
「ちょ、アル!なんでオレが事務方であいつがお前の護衛なんだよ?!」
「え?だって兄さん今いろんなとこ負傷してるじゃないか!無理でしょ?」
「大丈夫だ!!」
彼が気丈に言うのは、ここ最近自分ができなかった様々なことへの負い目だった。
「いや、いいから。兄さん無理しないで」
治るのも仕事なんだよ?と幼い子をなだめるように言う。
「でも!」
「分かった?」
アルフォンスの強い言葉には、ぐうの音も出ない。
「……」
「じゃ、しっかりリュオンを手伝ってね」

車は高らかにブーンという音を出した。








































豪華絢爛とも、趣味が悪いとも言える部屋に、3人の男。
赤を基調に金の装飾をちりばめた、部屋の中でもひときわ大きさを主張する椅子に座る男が一人。
その椅子に負けないいかつい身体と重々しい顔をしていた。
「連れてくればいいんだ」
片目のブラッドレイだった。
「はっ…ですが…」
言葉を濁すように黒の髪と目を持った部下が言った。
ブラッドレイと向かい側に立っており、萎縮しているようだった。
「ヴァンの所が見ています、その上もう一つのところも…」
言いにくそうに、けれどもはっきりともう一人の男が言う。
「そんなことは分かっている、だが急げ」
「…?は、はぁ」
「犬が完全になつかぬ前に、つれてこい」
「…ヴァンの息子…ですか?」
「ああ。今のうちだ」








































「ウィンリィ最近元気になったね?」
「ん?そう?」
授業が終わったとたん、爽やかな笑顔で褐色のパニーニャが話しかけてきた。
窓から見える空は薄い水色で本日の温かさを伝えてくる。
もともと人数の少ないこの授業。すぐに部屋は彼女たち二人を残して空っぽになった。
「なんかあった?」
興味深々という風に目を輝かせながらパニーニャは続けた。
そう言われてウィンリィが最初に思い出したのは、退院して出ていった彼。
「会いに来る」そんな初めての約束をしてくれた彼のことだった。
しかしそんなことここでいえば、パニーニャが嬉しそうに話をつづけるのは目に見えていた。
今日は先生の所に行くのだから、急がなければならない。
それに、彼のことを誰かに言いふらしてしまったらなにかが減ってしまいそうな気がした。
「べっつにー」
「あら?……ま、言いたくないんでしょうけど」
と言いながらウィンクをする。
パニーニャは言いたいことを訊いてくれる、言いたくないことは追及しないでくれる。
「…ありがと、パニーニャ…」
無二の友だ。
「困ったことあったらちゃんと言いなさいよ?」
「え?あ、うん!ありがとっ」
ウィンリィの笑顔がパッと咲く。
「なーんか、恋する乙女は可愛いねー」
「…?!」
「なーにびっくりした顔してんの?分かってるよ?」
パニーニャは、ニヤニヤしながらウィンリィの顔に向って指をさす。
その指の先で面食らった顔をしたウィンリィは、そのまま顔をうずめ両手を上げる。
「…もう、本当にさすがね」
笑いながら降参サインを出した。
「まっかせなさい!」
パニーニャは先ほどよりも更に眩しいウィンクを送ってきた。
褐色の肌がバックに見える空によく映えている。
「じゃ、私研究室行ってくるね」
ウィンリィは席から立ちながら告げる。がたっと椅子が鳴った。
「ああ、あんたの先生のところ?」
「うん」
そっか、じゃねと言いながら手を振るパニーニャに、手を振り返しながらウィンリィは走っていった。

ウィンリィはそのまま新しく作られた建物にいく。
ほとんど壁がなくガラス張りの近未来を感じさせる建物。
廊下は白く、長いものだった。
彼女が階段を3回登りたどりついた先は端っこの部屋。ノックをする前に、中にいる青年が出てきた。
「マスタング先生!」
そう呼ばれたのは黒い髪に黒い眼の整った顔に白衣を身にまとった男だった。
「ああ、ロックベル君今日も手伝いに来てくれたのかい?」
その男はちょうど出くわしたウィンリィに驚くが、すぐに優しい笑顔を彼女に向ける。
そして「さあ」と彼女を部屋の中へ招く。
彼女は嬉しそうにいつもの部屋へと入っていくのだった。
「はい、何か出来る事ありますか?」
というウィンリィの質問に、黒い眼を少し困ったように細め、肩を竦めながら答える。
「あぁ、頼むことばかりだよ。まずはこの書類に目を通してくれ」
「また何か進展したんですか?」
「まあね、今みんなで検証してる所だよ」
彼女は今このマスタングの生徒として学んでおり、そこで行われている研究にも関わっていた。
研究はある意味、ゼミの形になっている。
しかし行っている研究はかなり大がかりなことで、世界的にも注目されている。
そのためマスタングという男は若いながらも名の知れたドクターだった。
「じゃあ、他の先生たちもこられますか?」
彼女の分のコーヒーを淹れながら、マスタングは笑顔になる。
「ああ、もう少ししたら」

室内にある観葉植物が緑を主張する以外はモノクロな部屋。
何台かある机も棚もステンレスのようなもので埋め尽くされていた。
2人でいるには少し広い部屋で静かな時間がすぎていた。

「ロックベル君、」
談笑のように話しかけられ、コーヒーがコトっと音を立てて置かれる。
向かい合わせの6人がけのテーブルに2人がちょこんを座っていた。
「最近変わったことはなかったかね?」
「変わったこと、ですか?」
突然の話題だったため、ウィンリィはよく分からなかった。
「ああ、前に言っていた男に付きまとわれるというのは…」
そう。彼女は、信頼している教授に相談したのだ。
以前までのチンピラの付きまといを。
しかしよく考えてみると、エドワードが助けてくれてからそんなことはなくなっていた。
あまりにもせわしない日々だったためすっかり忘れていたのだが。
「今は一応ないんですよ?」
嬉しそうに言う彼女に、マスタングは微笑み返す。
「そうなのかい?気を付けたまえよ、君は美しいのだから」
さらっと口説き文句が出てくることにウィンリィはどうしても慣れることができない。
「は、はぁ…」
彼女が困ったと思った時に救世主。
「先生。身をわきまえた言葉をおっしゃってください」
ドアが開いてぴしゃりとした声が飛んできた。
そう言いながら入ってきたのは、ブロンドの髪に鷹の色をした眼の女性。
そしてその後ろに卵の黄身のような髪に夏の空のような薄い青の眼を持つ背の高い男。
「本当っすよー、せんせ」
ニヤニヤしながらいう。
「な、人聞きの悪いことを言うな!」
ウィンリィは自分の前では完璧な大人ともいえるマスタングが、仲間の前では子どものような面を見せる時が好きだった。
「…どうだか」
男が両手をあげて肩をすくめ首を振る。
「気をつけた方がいいっすよー、ロックベルさん」
「はは、ありがとうございますハボック先生、ホークアイ先生」
「ちょ、ロックベル君まで!!」
いつものことのように穏やかにすぎていく。
笑いが部屋に暖かく響く。
「ま、まあ、心配なら私が送っていくよ?」
ごほんといいながらマスタングは言う。
「大丈夫ですよ、ありがとうございます、それより続き急ぐんですよね?」
「あ、ああ」
隣の部屋に見えるは資料の山。とりあえずそれを何とかしなければならない。
「生徒に言われてどうすんすか、先生」
また柔らかな笑い声がオフィスから響く。