海の中でも君を思う・14








「お!終わった――――!!!!」


思わずエドワードは叫んだ。

「よかったですね、エドワード様」
リュオンは相変わらず煙草を拭かせながらのんびりと言う。

「ああ!!」

最近眉間にしわを寄せることの多いエドワードとしては、珍しく満面の笑みを浮かべて白い歯をのぞかせていた。
その言葉と同時に、扉のほうから響いた声。

「よかったね、兄さん」

缶詰にされてから、彼が約5週間ぶりに見ることとなった弟。


「アル―――――!!」

嬉しさも一入、エドワードはその感動を叫んでみたがアルフォンスは意外にそっけない。

「うん、久しぶり」

ふと、弟の好戦的な威嚇を思い出す。

「つめて―な、お前」

自分はいつもいつも弟に求めすぎていたのだろうか、と悩むほどにアルフォンスはそっけなかった。
そんな思いが顔に出ていたようで、ふっと微笑まれた。

「そんなこと言ってる場合?人に会いに行くんでしょ?」

「へ?」
エドワードは突然ポンと言われて、なんの反応もすることができない。

「だから。僕の警護するより。とりあえず人に会いに行くんでしょ?」
仕事終わらせたのはその人のためなんじゃなかったっけ?と付け足される。


「あ?」

人…あぁ、ウィンリィ……と心の中でエドワードはつぶやいた。



「早く行かないくちゃ、一カ月以上待たせてるんじゃないの?」

どうしても今行けと強い瞳に急かされる。

「い、今?」

「そうだよ」

「そうだよって…今、夜だろ?」

一応懐中時計で改めて時間を確認しても、やはり夜というにふさわしい時間が刻々と音を鳴らす。

「うん、」
アルフォンスも大きな時計に目をやって、それでも涼しい顔。

「そんな時間に普通人に会いに行くか?」

何度常識を確認しても、常識人であるはず弟が今と言ってきかない。


「じゃあいつ行くの?」

「…明日…とか?」

「そんなこと言って会えなかったらどうするの?」

「あぁ…」
確かに彼女は学生だから昼間に会いに行っても会えないだろう。しかし、だからと言って。

「その人が待ってたらどうするのさ」

妙に確信めいた言葉に聞こえてきた。



そして結局エドワードは折れた。


「…じゃあ、行ってくる」


エドワードのいぶかしんだ顔は変わらなかったけれども、それでも足元は心なしか嬉しそうだった。
それをみてアルフォンスは満足そうに頷いた。

「うん、あ、着替えた方がいいよ、それ」
それからお風呂も入った方がいいかもね、なんて。
確かにエドワードはここ最近目の前に必死で、まともに風呂入ったり着替えたりしなかった。

「お前は母さんか」

「こんな世話の焼ける子どもなんて僕いらない」

「うぐ…」

空気は柔らかくなったものの、やはり以前よりざっくりとした弟の態度はなんとなくエドワードの心を揺らめかせた。
その引っかかりが間違いでないのは、彼以外が知ることだったが。




そんなこんなでエドワードは風呂に入り、服もきちんとしたものをリュオンに準備される。
ジップアップの黒い半そでに濃いベージュのカーゴパンツそして黒いブーツに銀のベルト。
若者らしく、そしてシンプルなものがそろっていた。

「オレの趣味じゃない…」
石鹸の清潔な香りを金の髪から振りまき一番、彼の言葉だった。
タオルで髪をワシワシと拭きながら、リュオンとアルフォンスのいる部屋までわざわざ来て文句をぶつける。

「エドワード様の趣味のお服よりはこちらの方が何倍か立派に見えます」

彼の趣味と言えばなぜか紫のTシャツに黄色の龍が描かれているもの、とか。
良く言えば派手、悪く言えば趣味が悪いそんな感じだった。

エドワードが「何が悪い」と言おうと思った途端リュオンに確信めいた質問をされる。

「女性に会いに行かれるのではないのですか?」

「な!!!」
顔が真っ赤になりながら動揺を隠せないエドワードに二人は笑った。

「あれ、もしかして隠してるつもりだったの?」
穏やかな表情で兄を見つめるアルフォンス。

「え、あ、あ?」
突然家族にそんなことをいわれて動揺してしまう。言葉が出ない。

「言葉で否定できないくらい、好きなんだ」

弟が視線を少し落としながら、ぽつんと言う言葉。
エドワードはそう言われて「ああ、そうか、そうなのかもしれない」と回転しない頭が他人事のように呟いた。

リュオンは二人のやり取りに全く関与しないまま横で笑っている。

「ほら、はやくいかなくちゃ、兄さん」
アルフォンスが兄を促す。

「え、ああ・・・」
動揺でまだ頭が回りきっていない彼は、言われるまま部屋を出ていく。
バタバタとせわしない音が二人を残して行った。

「あーあー、あんなに急いじゃって」
アルはしょうがないな、なんて脱ぎ散らかされている服を拾っていく。

「アルフォンス様が急かすからでしょう」

「うーん………やっぱりちょっとだけ辛いのかも」

「・・・・・・無理は、なさらないでくださいね」

「ありがと、リュオン」





























暗い路地の端から一つの部屋を見る影。




煙草を揺らし、ここ何週間かはほとんど寝ずの番を過ごしている、青年。

「はあ、休みてぇ…でも、ま、ちゃんとここ張っておかなくちゃな…」
ぼやくように白い息を出すハボックだった。
みつめているのはウィンリィの部屋。もちろん覗きではないことを先に言っておく。

「なんかおもしれーことでもないっすかねー」
誰が聞いているわけでもないのに敬語になる。

と思うと、その部屋へ向かう影が出てきた。

「え、マジかよ・・・」


彼女が言っていた変な人…なのだろうか。

息をひそめて気配をなくす。壁に背を付けて入口の様子をじっと見る。



会話がよく聞こえないが、その影の声は明るいテナー。




「ん?ちょっとまて、この声…………大将?」

柔らかな光がその彼の顔を照らし、少しはにかんだような顔をしているのが見えた。