海の中でも君を思う・15







「え、と、元気か?」


ウィンリィが扉をあけると、暗い外の真ん中に気まずそうな彼がぽつんと立っていた。
チャイムは勢いのよい音だったのに、それに反して彼は困ったような、照れているような、そんな表情だった。

「…エド?」

ウィンリィは突然の訪問者にぽかんとする。


「久しぶり………会いに、きた」

少し俯いたエドワードは口をもごもごさせながら呟く。
自信なさげな猫背が、なんだか子犬のように見えてくる。

「また、どこか怪我でもしたの?」

ウィンリィは扉をカコと音のするまでしっかりと開け、両手を腰に当てる。
いつもどこか怪我している彼に、呆れる準備をでもしようと。

「ち、ちげーよ!!」

エドワードが思わず彼女のほうに向いたときには、耳まで真っ赤に染まっていた。
見せたくないから顔をおろしていたのに。

そんな彼に、ウィンリィは少しぽかんとする。


「…お前に…あ、会いた…くて…だな……」

言いながらもう一度顔を俯かせていく。こっち見んな…なんて付け足しながら。
そのせいで、エドワードはきらきらと輝く嬉しそうな顔を見落とした。




隙だらけの胸に、ウィンリィは容赦なく飛んでいく。

ボフっ


「うぉ!」
柔らかさとお風呂上がりのフローラルの香りが一気にエドワードをタックルする。


「来てくれて、ありがと」

ウィンリィは勢いのまま彼にぎゅっと手を回した。
同時に発せられた嬉しそうな声は、彼の胸に響いて沁み込んでいく。


急な体当たりに文句一つでもつけようと思ったのに、足りなかったものが全部満たされるような感覚が落ちてきて、
結局何も言えなくなってしまった。




固まってしまったエドワードをいいことに、ウィンリィは更にぎゅーっと腕を締め付けた。




彼女の湿った薄い金色の髪の毛が首を掠め、さらりとくすぐったい。


柔らかくて温かい。

それを感じて、心の底にあった嬉しいという感情があふれ出しそうになった。
少し前までは確かにあった、羞恥すら消えてしまうほどに。


しかしそんな歓喜が溢れて止まらなくなれば、どろどろとした卑しいものになるような気がして少し怖くなる。


だから、ウィンリィに縋るように抱きついた。

エドワードはそんな自分に、笑ってしまう。
「女神」様に助けばかり求めて、どうにもらならない愚かな自分。
なんて格好の悪い、と。


彼の笑った鼻息が胸に届いたのか、そこからぴょこんと顔を出したウィンリィが「えへへ」なんて笑う。
こんなに夜でもやっぱり彼女の碧眼は綺麗で、そこから光が出てるんじゃないかと思うほどに輝いていた。



堪らなくて、瞼に唇を落としてしまう。


それを感じてキュッっと目を瞑りながら頬を赤くしていく彼女。






「欲しい」と思ってしまった。



欲はとどまることを知らず一直線に彼女に落ちていく、エドワードはふとそう思って更に恐怖心は増していった。

なんと言い現わしていいのか分からない感情に、呑まれていく自分がそこにあるような気がして。






それに気がついた訳ではないだろうが、ウィンリィはエドワードの顔を見てにっこりと笑い、手を伸ばして頭を思いっきり撫でた。
まるで、お化けが怖くて今にも泣きだしそうな子どもをあやすみたいに。
わしゃり、と長い髪が互いに縺れていく音がする。


「お前な…」
だんだん恥ずかしくなってくるので細い手首を掴んで抗議を申し立てる。


「あ、ごめんごめん。エドもお風呂入ったばっかり?風邪ひいちゃうから入ったら?」

言いながら、まだ手は湿った頭の上でわしゃわしゃ。掴まれたことなどは気にしない。
そして。やっぱり子どもを扱うような口ぶり。
なんだか照れくさくて、少し悔しい。
けれど笑うウィンリィを見てしまえば、そんなことを思う自分がバカバカしくなってきて素直に頭を撫でられておくことにする。



ふと冷静になると、玄関でこんなことしてしまうほど自分には心の余裕がないことに気がついた。

しかし、それはそれで良いように思えてくる。


彼女が笑っているなら。



「あ、ああ」




と言って玄関に入口に入ろうとした途端、聴こえてきてしまったのだ。


バン





これは・・・・200メートルほど先で、リボルバーの発された音。
それが瞬時に分かる自分に嫌悪する。
それでも、自分はその世界にいるのだから仕方がない。


「ウィンリィ、中へ……」
入ってろと言いながら彼女のほうへ向けば、不安そうな瞳が揺らめいていた。

「エド…」
音の元で何が起こっているのか。
きっと、暗い世界のことだからオレは確かめに行かなければならないのだけれど。

目の前にいるウィンリィの泣きそうな顔のほうが今は大事で。
思わず、もう一度ギュっと彼女を抱きしめる。

少し体も震えているようだった。



「別に、お前に向けられた音じゃないから大丈夫だよ」

笑って、という願いも込めて必死でオレは笑う。



すると彼女は大きく首を振った。

「ちがう」

「え?」
オレの体にいくら引き寄せても震えは止まらないけれど、発せられた彼女の声はさっきのか細いものではなかった。

「エド、行くんでしょ?」

どこへ、とは聞かなくても分かる。
その通り。オレは今そこへ走って行かなければならないような気がする。

「ああ、」


ウィンリィはエドワードを抱き返し、自分を刻み込むかのように腕の締まりを強くする。
と言っても、彼にとってみればもどかしいほどに二人の間に隙間がある気がしてならないくらいの強さだったが。


「す、ぐに…戻ってきてね……」


彼女の震えは、エドワードの身を案じてだった。
あうたびに怪我をしている彼がいつ、治らぬ怪我を覆ってしまうのか。
口には出さなかった恐れを、とうとうウィンリィは目の当たりにしてしまった。
だから怖くなった。

音が鳴った瞬間の彼の眼光は、暗い世界で生きる野獣、だったのだ。



「ああ、行ってくる」
そう返事をした時のエドワードの顔は、困ったように笑うただの男だった。