海の中でも君を想う・16







音のほうへ走って行けば、広場におかれた車の陰に見慣れた顔がいた。
銃を構えて広間の向こうに目を凝らしている。
その場にあわない明るいレモン色の髪が、街頭に照らされていた。



「何やってんだ…ハボック………?」


ハボックはエドワードの組織、正確には出て行った父と関係のある、大学の研究グループの一人だった。
研究グループと言っても、芳しくない団体からよくラブコールを貰っているせいか、えらく武闘派揃いのものだが。

向かい合っているのは見覚えのある…ブラッドレイの組織のやつら。
発砲したのは相手のようだ。
S&W系のものが手に握られているのが、薄い光に反射して分かる。

自分のほうへ向いたハボックは、笑みをつくっていた。

「お…大将、久しぶりっお前も大人になったなー」
対峙している時でも口ぶりが軽いのは、このがたいの良い男の相変わらずなスタイル。


「そんなこと話してる場合じゃ…って、は?」


言葉を聞き流していたはずなのに、脳の中で打ち出されていく言葉はあまりにも恥ずかしい。
まさか、それは先ほどの…

「お姫様と。人目も気にせず、そりゃまー仲良しそうだったなー」

ニヤリと、それでも嬉しそうにエドワードをからかう。

「……ハボック…まさか、見てたのか?……」



赤くなるエドワードに比例して、ハボックの顔が曇った。

「あれ?大将、気が付いてなかった?…ってことは………………戻れ!エドワード!!」



バン

叫ぶと同時に、向こうから銃弾の飛んでくる音。
二人は瞬間に車の陰へ身をひそめる。
運悪く街頭を掠めたようで、光が一瞬弱々しいものになった。

「・・・どういうことだ?」

聞きなれた発砲音よりも、ハボックの言葉が突き刺すように飛ぶ。

「こいつらの狙いはオレでもお前でもない!!」

ハボックは更に叫んだ。

「?」
エドワードは何を言われているのかさっぱり分からない。




「早くウィンリィちゃんの所に行け!」


そして唐突に出てきた名前に一瞬何の事を言われているのか理解ができなかった。




「え」

「だから、ウィンリィ・ロックベルの家に行けっつってんだ!早く!」


言いながらエドワードはハボックに背中を押される。
エドワードは混乱してしょうがなかった。

しかしいつも飄々としているハボックの切迫した顔に駆り立てられて、自分から走り出す。


なんで、彼女の名前が出てくるのか。
分からないけれど、そんなことを悩んでいる場合でないのは一目瞭然だった。










息を少し荒げながら戻れば、先ほど自分が立っていた場所に黒ずくめの男が彼女の家の扉を開けようとしているのが見える。
ガシャガシャと、金属音が辺りに響いていた。

「っ?!!」

なぜあんな黒い世界の奴らが真っ白な彼女に関わろうとしているのか。

その疑問には、すぐに答えが出た。
けれどそれは舌打ちに変えて、一旦仕舞っておく。




「ウィンリィ!!!」
階段を勢いよく上がり、ガシャガシャと続く音に嫌悪して思わず叫んだ。



しかし、届けたい相手に声は飛んで行かない。

その代わりに黒ずくめの男が声に振り返る。
瞬間エドワードは、あごをめがけて思いっきり拳を振り上げた。
男は両手を鍵のこじ開けるために使っていたため、隙だらけだったのだ。
そして彼は、もう一発を正確に人間の弱点に入れる。

「うぐっ」
顔と、みぞおちに強い衝撃を受けこの男は動けなくなる。
エドワードは気を失った男を拘束して、ため息をつく。



ハタと、気がついたようにチャイムを鳴らそうとした瞬間、



「エ、ド」




男が苦戦していた扉がいとも簡単に開かれ、その隙間に揺れる瞳がのぞいていた。

「…大丈夫か?!ウィンリィ」
思わず扉を全開にして彼女を抱きしめてしまう。


「私より…エドが………」


「オレは大丈夫だっ」

どこかに傷がないかを確かめる。

けれどエドワードは、自分の感覚が全く落ち着かず、あまりよくわからなかった。












恐れていたことが、目の前に。

人を傷つけることしかしていない人間は、結局大切な人にも同じことしかできていない。

エドワードの前に、そんな言葉が広がった。



















そこから動かないエドワードの背に、ウィンリィは遠慮がちに手を伸ばした。


そしてやっぱり子どもをあやすように、優しく背にポンポンとリズミカルに手を使う。


「大丈夫だよ」
ぽつりと言われる。

怖がっていたのはエドワードだったかのように。
手はリズミカルに跳ねる。





エドワードは柔らかいリズムに深呼吸をすると、彼女のシャンプーの香りがあることに気が付く。

さっきと何も変わっていないかのように。












そう思った、







けれど。





「ウィンリィ、」


そう言ってエドワードは彼女の肩をつかんで、少し距離をとろうとする。
しかしウィンリィはそれを許さず、顔を下に向け腕を彼に回したままリズムを続ける。


エドワードがやっと感じた指先は力なく震えていて、それが服越しに伝わってきていた。


それでも彼女の力ない手はリズムを刻む。


「ウィンリィ」


呼んでも変わらない。
エドワードは耐えられなくなり、少し乱暴に彼女の細い手を掴んでもう一つの手で顔を自分の方に向かせた。
ウィンリィは抵抗を試みたものの、失敗に終わる。


「大丈夫だよ、私」

言葉とは裏腹に、案の定彼女の伏せられていた顔は眉を顰められ、いつもの青空の瞳は今にも雨が降り出しそうだった。














傷つけてしまった。

























「…怖かったな」
今度はエドワードがウィンリィの頭を撫でていく。


「だい、じょうぶ・・・」
しなやかな手がもう一度エドワードの背に回り、声は小さく響く。














怖いことなんてない、

キズなんてだれにも付けられない、

そんな強い彼女。



出会ったときからそう思っていた。











けれどそれは、





違ってた。







いっぱい怖くて、傷ついていたのに、

裏返し。


彼女は気がつかれないように隠してた。
たぶん、怖かったから。





力ない腕の強さがホントの彼女。

見せてくれないけど、心臓の音と一緒に伝わってきた。





















瞬間に、強くて何にも汚されないと思っていた「女神様」は、「女の子」であることに気が付いた。








強いけど、強がりな女の子。






知ってしまったんだ。






思ってしまったんだ。















「守る、から」




怖いことを隠さないで。独りで抱えないで。
もう一度ぎゅっと包み込む。

責任もとれるかわからないのに言ってしまう、ことば。

お前は、ひとりじゃないから。





もう引き返せない、引き返したくもない。
ウィンリィを傷つけてるのは自分かもしれないけれど離れてくなんて、もう無理。

浅はかなことだとは分かっているけれど。






「怖くない、もん」
少しずつ声が震えていく。

「ああ、」

ウィンリィは強くて綺麗で、でもただ微笑んでいる偶像なんかじゃない。







「ウィンリィ、」




「・・・・・・・っ」
ウィンリィの顔が胸に押し当てられて、すこし息をつまった音がした。

彼女の本音がここにあるような気がして、折れそうな体を容赦なく抱きしめてしまう。




















「・・・・・痛い」
少ししてから、彼女は呟いた。



「ああっ?!ご、ごめ・・・」
と思わず離すと、今度は困ったように笑う彼女がそこにいる。
少しだけ雨の後はあるような気がするけれど、あまり分からなかった。

「ありがと」
その言葉の中に、強くて弱い彼女がある気がして嬉しかったのに「ん」なんて、かっこ悪い返事。
でも彼女はそれに満足したらしく、微笑んだ。































少し落ち着いたウィンリィは突然エドワードから離れ、捕まえられた男の頸動脈を計る。

「この人…結構気失って時間経ってるけど……」
離れて行ってしまった体温にちょっと悔しさを感じながら、エドワードは呆れる。相変わらず誰かの心配。
彼は思わず笑ってしまう。

「お前な」

「?」

「自分の家こじ開けようとしたやつの心配かよ?」
オレにはそんなことできない、と続ける。

「そうじゃない。ただ人が倒れてたら大丈夫か気になるでしょ?」
彼女は善人であるつもりもないらしい。
すごいなとエドワードは素直に思うが、それを言うと彼女は反発するのだろうと思う。


「…そーか?こいつはオレのとこに連れてく。お前も一緒に来い」

と、彼は手を差し伸べた。

「え?」
ウィンリィは突然のことに硬直する。
差し伸べられた手も、取ることができなかった。
エドワードの場所に行くということがあるなんて、思ってもいなかったから。

「どれくらい周りに奴らがいるか分かんねーから」

エドワードはさも当然と言うように言葉を続ける。


それにウィンリィは更に戸惑った。
エドワードがウィンリィを連れていくということは、彼がやっぱり何も知らないということだった。

そして、ついて行けば渋い金の髪に会ってしまうかもしれない。
あまりにも自分の酷い行いに、もう会わない、会えないと心に決めていたのに。



しかし、エドワードの好意を拒否すること自体も自分の我儘であることに気が付いて、どうすればよいか悩んでいた。










「そいつはオレが連れてってやるよ」

その声はやはり、ウィンリィに安堵をもたらすもの。
向けば見慣れた優しい人、だったから。

「ハボック先生?」
自分をいつも見送ってくれる、兄のように思っていたその人。
しかし、いつもと違う黒い服に、まとっている雰囲気すら違う。
なんだかギスギスした空気を感じる。


「ウィンリィちゃん、ごめんな。巻き込んでしまって」
彼女を前にしてハボックの空気が少し緩んだ。
そして、力なくしゅんとしているのは、いつもの研究室での様子みたいだった。

「…?」

ウィンリィは自分が全く話についていけてないのは分かった。しかし、それしか分からない。
ハボックは少し困ったように笑って、エドワードのほうに向きなおす。


「大将、悪いけどちょっと事情説明しておいてくんないか?」

エドワードも突然話を振られて戸惑う。

「は?」
ハボックとウィンリィが知り合いということすら今知ったというのに何を説明しろと…。
そう言う彼に、ハボックもそれもそうかと頭を掻く。

「俺らの研究チームのこと」

その言葉に一番いぶかしげな顔をしたのはウィンリィだった。
お互いがお互い、知らないことが多くて混乱する。

「ホントはドクターから言えばいいんだけど、あの人もなかなか外出られないから」
あの漆黒の髪の男が何かを思案している顔を、3人ともが思い浮かべる。
そして機嫌を悪くしたのがエドワードだった。

「じゃあ研究室に殴りこみに行くか」
事情がなんとなく分かってきた彼は腹を立て、そしてもともとあの男に対抗心があることとあいまって、拳を握る。

「それでもいいっすけど、移動はちょっと狙われやすいからなー」

その言葉にエドワードはぐ、と黙る。
何より今心配なのは何か、分かっているはずなのに教えられて少し悔しくなった。
その彼にハボックは安心したように笑う。


「ウィンリィちゃん明日迎えに来るから、それまで大将に守られてくれな」
ウィンリィの頭を優しく撫でる。
彼女はそれに少し困ったようにではあったが、笑った。

エドワードがそれを見て複雑な顔をしたのはハボックだけが気づく。

「お?大将もなでなでしてほしいってか?」

と言われ自分の目線に気が付くエドワード。
更に恥ずかしくなって

「んなわけねーだろ!」

と叫ぶ。
二人が少し元気になったのを確認して、ハボックは少し安心したようだった。

「明日俺らからも説明させてくれ」

うんと、二人の頷きに満足して、ハボックは巨漢を何人か軽々と持ち上げながら去っていった。