海の中でも君を思う・2
朝日の光が白い部屋中を反射する。
真中にあるクリーム色の机の上に
Dear My Goddess
Thank You
Edward
とだけ走り書きされた紙と、何処から持ってきたのか、深紅のバラを添えて、置かれていた。
ウィンリィが起きた時には彼はいなくなっていた。
「もう、せっかちね。
しかも赤いバラに「女神様」?性格に似合わずキザな人だこと。」
なんてぼやきながら、彼女は食パンをかじる。
昨日の事が夢だった様な気がしたが、バラが赤々と真実を強く主張するので、それを優しく水差しに入れておいた。
「・・・もう一度会いたい・・・・」
身も知らぬ彼に,何となくの憧れを抱いた。
これはなんと言うのだろう。
心理学だって一応学んでいる彼女。
けれども分からない。
それが微弱で儚い恋の始まりだなんて。
バンッッ!!!
時を同じくして巨大なビルの最上階。
いかにも高級そうな赤いドアはぶち開けられる。
「兄さん?」
部屋の中は広く、大きな窓からの柔らかい光が、くすんだ金の目と髪を持つ青年を包んでいる。
青年は、ドアの方へ向くこともなく、冷静に呼んだ。
いつもの事だったが、エドワードは怒っていた。
「アル!!何処行ってたんだよ!お前がどっか行っちまったせいで腹殴られたんだぞ!?オレ!!
10人の男に囲まれて!って聞けよ!」
必死な彼に対して、青年は気にする風もなくファイルをピラピラめくっている。
部屋には机と本棚がぽつんとあるだけだった。
「どーせ、その10人を傷付けないよう気、失わせるのに苦労してたんでしょ?」
「・・・・悪いかよ」
「いいかげん、やめなよ。その中途半端な善い人」
「すみませんね、中途半端で」
エドワードはふてくされた。
「それが兄さんの疵付く理由になってるんだよ?
またその人達が来た時お互いまた疵付くでしょ?
それなら、初めに関わる気を無くさせるべきじゃないの?
なんでそれ位思いつかないのさ」
優しい言い方に刺を加える。
「だってなぁ・・・・」
やっと青年は彼の方を見た。
「もう!なんだよ?僕、今機嫌悪いの!!」
「・・・?」
そう、きょとんとした兄に何となく腹が立って、すぐに視線をはずした。
そして、ボソッと呟く。
「・・・・恋もしたことないような兄さんに、分かるわけないけどさ」
エドワードにはそれがなぜか鮮明に聴こえてきた。
不意に昨夜の「女神」様を思い出す。
が、首を振って恋もしたことのない自分になった。
そして大声で弟に返す。
「分かる訳ねーだろ?お前仕事ほってそんな事してたのかよ!!」
「兄さんと違って、昨日の仕事は終らしてたんだけど?」
抗争の収拾がつかない時、ノックが響いた。
黒いスーツを着て、独特の香りをつけた煙草をふかす男が入ってくる。
「ボス、今日の予定・・・・ってエドワード様。帰ってらしたんですか?
ボス見つけるの,遅いですよ。
しかも。どこほっつき歩いてたんですか?」
「ほっとけ!」
エドワードは顔を赤くして叫ぶ。
アルと呼ばれた青年はアルフォンスと言う名で、若いながらマフィアのボスを担っている。
そしてその兄であるエドワードが、弟であるボスのボディーガードをしながら支えていた。
もともと、彼らの父がボスだったが、それまた破天荒な男で、突然
「エドをボスにしろ。でなけりゃアルに」
と一言走り書きしたメモを残して去っていった。
エドワードは即座に
「オレにまとめ役はあわねーよ。アルを守る事しかできねーから。」
と言い、弟のアルフォンスがボスに、兄のエドワードがボディーガードなった。
若い二人は、他のマフィアの格好の的となったため、毎日生傷が絶えなかった。
そんな二人を事務的に、そして経験者として補佐しているのが、例の父に馴染み深い部下だったリュオンである。
「全く、兄弟で音信不通になるから狙われるんですよ。
エドワード様、治療しますから。医療室へ。」
ため息をしながらリュオンは煙草を吸殻入れへ置く。
「い、いやっ」
「兄さん。駄目だよ、ちゃんと治療しないと」
エドワードは気恥ずかしそうにぼそぼそ続けた。
「・・・・やったから」
「ヘ?」
「ご自分で、ですか?」
「・・・・・」
エドワードは黙り込んだ。
「ほら、やっぱりしてないんでしょ?早く」
「・・・・やった」
そう言ってエドワードは自分の上着をめくり、2人に見せる。
「・・・ほんとだ。ちゃんとしてる」
「私よりもずっと知識がある方がされたようですね。
エドワード様にそんなお知り会いが?」
「いや、」
エドワードは詰まった。
脳裏にハニーブロンドが走る。
「・・・・・・・・」
自分が呆けていることにすら気づいていない彼に、周りの2人は顔を見合わせる。
「・・・・兄さん、どうしたんだろう・・・」
「傷見ながら呆けてますね」
2人の会話の間にもエドワードの頭には彼女が廻っていた。
・・・・・もう一度、逢いたい・・・・・
と正直な心が思う。
そしてそんな自分に戸惑った。
なぜそこまで強く会いたいと思うのかなんて思いつかない。
ましてやなぜ、頭に彼女の怒った顔、そして笑った顔、表情の一つ一つが浮かぶのかなんて分かる筈もなかった。
ようやく、自分が胸を張って彼女に向き合える人間でないことを思って、やっと我に返った。
「兄さん、今日の予定。はい」
書類が渡される。
「え、あ、あぁ」
「仕事中、ぼーっとしないで下さいよ」
そう言われて、エドワードは苦笑いをして部屋を出た。
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