海の中でも君を思う・4









「はあ・・・・」







エドワードは、本日何度目か分からないため息を勢いよく出す。



自分の座らされた椅子の目の前にある深紅のバラが、更に後悔の種になった。

来たことが2回目である事をトゲトゲしく主張する。





「また、ここまで来ちまったじゃねーか」









素直な自分の心は再びこの真っ白な部屋、そして彼女に逢えた事を間違いなく喜んでいた。



ただ、それより自分を作り上げる理性が、それを拒むように締め付ける。



人を傷つけるようなことを生業とする自分と、彼女はこれ以上関わるべきではない。





血で汚れた自分と、「女神」。





そんなデフィンンシャルを埋める事は不可能な気がした。



それでも彼女を割り切れない自分にうな垂れた。













バンッ







まるで、彼の迷いを吹き飛ばすかのように、勢いよく救急箱が置かれた。



驚いて音の方向へ向いてしまう。



「元気ないわね」

ウィンリィは見上げられたのを気にもせず、箱から手際よく道具を出す。





「・・・・・」



彼はもう一度俯いた。









目の端にバラがちらつく。

























「私は、嬉しかったのに」



























「もう一度逢えたこと」







































彼女は落とすように言った。











下を向いたまま、彼は目を見開いた。



そんなこと、言われるなんて。



オレも。と言いたかったのに、そこでも理性が邪魔して自分の唇を思いっきり噛んでしまった。



軽く血がにじむ。





そのまま閉口してしまって、妙な間を作ってしまう。





「・・・・あ、ごめんっっ、勝手に」



言った事に後悔したような声を出す彼女に





「そんなことない!!」

と強く言ってしまった。









一度言ってしまうと、それを止める理性はいとも簡単に崩れた。







顔を、目を、彼女に思いきり向ける。





「オ、レもさ、・・・・逢いたかった」



目が合った彼女は驚く。









「逢いたかったんだ。もう一度。ウィンリィ!!」









そう言われて、少しして彼女は笑いだした。



「血出しながら必死に言うなんて、格好良いわね、エドワードさん」



エドワードは顔を赤くしながら、腕で勢いよく唇をぬぐった。



「わ、笑うなよ・・・」



「ごめん、ごめん」





更に彼女は笑う。



「誰が私を呼び捨てにして良いって言ったの?」



「・・・・あ、





ごめん・・・・」









「いいけどね、でも」



「でも?」





「私もエドワードって呼ぶから。」



「!?」



彼の動きは停止し、もう一度顔を赤くする。





「?何驚いてるの?駄目なの?」





「・・・い、いや。





エドでいい」







勢い無くぼそぼそ言う。



それでもウィンリィは満足したようで、



「んじゃ、エードー」



満面の笑みを向ける。



「!!」



エドワードは更に顔を赤くする。

彼女に名前で呼ばれることが、あまりにもくすぐったかった。



それが面白いウィンリィは何度も呼ぶ。





「エドーエドーエドー」





凝りもせず顔は赤くなる。



「止めろ」

エドワードは、顔を隠すように俯く。



白いテーブルで視界は埋まった。





赤いバラは冷やかし程度にちらちらと見える。



それが突然、視界から消えた。



そして、彼女が花瓶を別の所に置く音がした。



かわりに、長いハニーブロンドの髪が、近づいてくる。



少し、視界に影を作った。







「今日は、助けてくれてありがとう」

耳元で、彼女はささやく。





エドワードは思わず顔を上げた。





「!!」









ウィンリィと10cmという近さで目があった。











彼女の目は、近くで見れば見るほどキラキラと輝く。

頬は柔らかいピンク色。

唇は赤く艶々している。





考えてしまった途端に、更に彼女との距離を0に近づけようと試みてしまった。



それも、無意識に。





「え?」

とウィンリィが言った時には、彼女の唇を奪っていた。





彼女はフリーズした。



けれど、それに気づく余裕もなくなる位、彼女の唇は言いようも無く柔らかで。









そして少し時間が経つと、微かに開けられた口から、煽り立てるようなぬるい息が一つ、エドワードに送られた。



「ぅーっっ」



彼女は更に抗議した。



息、できない。と。









それからエドワードは、初めて自分のしたことに気が付いた。









急激に距離を離した。



酸素は冷たく二人の間を作っていく。









彼は自責の念に駆られた。









「すまん」

とかすれた声で呟く。







ウィンリィは彼の一連の動作に、目を点にしていた。



それから瞬きをして、元の笑みを戻す。



「謝らないでよ、ね?・・・・ビックリしたけど、」

声は段々小さくなっていく。彼女の頬に、少し赤味がさした。



「ね?エド・・・」

彼女はエドワードを見つめなおしながら呼んだ。









エドワードは彼女の思いもよらない言葉に、呆然とする。





「・・・お、お前ちゃんと抗議しとけよ…そういう事は…えと…勘違いする…から…」



おろおろしながら言う。



「する」とは言ったものの、はっきり言って「して」いた。

自分が耐えられなくなりそうだったのを必死に自制する。

昨日会ったようなやつに一目惚れされたなんて,知りたくもなかっただろうに。

ああ,すみません,女神さま。





そんな彼の心中はお構いなしにウィンリィは最後の言葉を投下した。



「…たぶん、勘違いじゃない…よ。それ。」



顔を真っ赤にして必死な顔して言う。

私も…えっとその…と続ける。





最後の枷は跡形もなく外れた。





しかし,行動に移せなかったのは心底茫然としたからだった。







「…嘘だ…」





「う、嘘なわけないでしょ!」



ウィンリィは恥ずかしさを隠そうと怒る。



それがなんとも可愛くて・・・



そう思った瞬間、呆然とする普通の人として当然の行動もそっちのけにするのも、作り上げた理性を捨てるのもあまりにも容易いものだった。



何も考えることをやめ、ひたすら彼女に近づこうと試みる。





自責の念と喜びを、胸に隠したまま。







彼女のあごから頬にゆっくり両手を置く。

肌は柔らかい。

目は閉じられた。

長い睫毛が揺れる。



色々考えながらくちづけた。



ウィンリィが緊張して肩が上がってることも、ちゃんと気がつく事が出来た。



そう思うと少しだけ心が柔らぐ。





できるだけ優しく落とそうとするキスに、彼女は安堵した。

喰らいつくようなキスに、彼女は焦った。



そんな彼女に、彼は溺れた。





































昨日、知り合った相手と甘いキス。なんて、どうかしてる。

それが2人のこの時思った事に、違いはなかった。