月に近づく(鋼 エドウィン)
月が柔らかく光っていて明るい夜。
店も駅もすべてが早くに寝静まったリゼンブール。
太陽に取り残されたように二人ぽっち、エドワードとウィンリィは歩いていた。
「ブランコに乗りたいなー」
ウィンリィが唐突に言った。
「は?」
エドワードは一瞬の間、理解ができなかった。
「だって、お月さまに近づけるでしょ?」
昔三人で言ってたじゃない?と細い人差指で月を指しながら続ける。
エドワードは考えるしぐさをしながら月を見る。
確かそれは…母さんが生きてたころ、
あの頃は夜に家を出ることなんかなくて。
ブランコに乗ったら月に近づけるかという実験をする夢は叶わなかった。
3人での想像は膨らむばかりで、高く高く空へ向うブランコはどこまで月に近づけるかブランコに乗りながら考え合っていたのだった。
結局答えを出す前に、月が考えられないほど遠くにあることを知ってしまったから、誰からともなくこの話題は消えた。
「……」
無言のままエドワードは一人でどこかへ行き、ウィンリィが戸惑っているうちに帰ってきた。
持ってきた縄と木の板を使ってすぐそこの大きな木に両手を打ち付ける。
青い閃光の後にできたのは、
「ブランコ!」
「簡易だけどな」
「乗ってもいい?」
「ああ、」
わ―いと言いながら早速ウィンリィはブランコに座り、漕ぎはじめる。
スカートがひらひらと揺れはじめた。
キーコ…キーコ…キーコ…
弧をえがくそれが行ったり来たり。
蜂蜜色の髪が月に照らされてほうき星の尾のように線を残していく。
エドワードは突然、月の光に包まれて帰っていったというお姫様の昔話を思い出した。
「月、ちょっとは近くなってるよね?」
彼がひとり焦りはじめた時、睫毛までランランと輝かせているウィンリィが尋ねた。
丁度、彼女が月と重なる。
思わず、彼女が期待しないであろうその言葉を言ってしまったのだ。
「…ならねーよ」
月の光に、消えていくんじゃないだろうかそんな不安が押し寄せて。
月は近くならないから、
ここにいて。
「ちょっとは、よ」
夢がないわねと、風を頬に感じながらウィンリィは不満そうな声を出す。
「…ならねーから、降りてこいよ」
「え?」
突然の撤退命令に不満と疑問の声。
「ほら、」
と言って手を広げる。
準備はできてるといった顔。
「えっと…その手は?」
言いながらもブランコは速度を変えることなくキーコキーコと揺れる。
「飛び降りろ、ほら手、放して」
「…」
それは怖いと顔が訴えていた。
裏腹に髪は、まだ嬉しそうにひらひら揺れていたけれど。
「ちゃんと、受けるから、な?」
自信満々のエドワードの笑顔にウィンリィは弱かった。
「…分かった」
目をぎゅっとつむったまま、手を放して、
そして飛びつく。
と思った瞬間に彼女はもう、音がするくらい強く抱きしめられていた。
彼の腕の中は温かく、鼓動がドクドク聞こえてくる。
それとは反対にブランコの固い音も絶えることなく続いている。
「…どうしたの?」
一向に口を開かず抱きしめ続けるエドワード。
「……ここにいてくれ」
なんだか声が力なくて、ウィンリィは思わず不安に駆られる。
「…いるよ?」
「そうじゃなくて、」
「うん、だから。いるってば。エドと一緒にいる」
そう、あのお姫様は恋をしていた彼の人をもおいて去っていったのだ。
「帰らなければ」と言いながら。
「いるよ、ここに」
だから、
「エドも、ここにいてね」
「ああ」
帰るところはお前だから。
自分の腕の中から顔を出してウィンリィは笑っていた。
ずっとここで笑ってればいい。
揺れるブランコは月に消えることもなく、動くのをやめていた。
この話はある曲聞いて書きました。すごくその曲が好きです。
こんな雰囲気好きです。